案内板によると・・・秋元氏は上総国(千葉県)出身の武将らしく、1541年頃、秋元景朝の時に深谷城主の上杉憲賢・憲盛に仕え、深谷上杉氏三宿老のひとりとして活躍し、息子の秋元越中守長朝も深谷城最後の城主となる上杉氏憲に仕えたとされています。
豊臣秀吉の小田原征伐の際に、主君の上杉氏憲は後北条氏の命に従い小田原城に籠城します。上杉氏憲の留守となった深谷城に入城し守備することとなります。豊臣方は前田利家・浅野長政など名将が攻めよせてきたようですね(@_@;)
秋元長朝は攻め寄せる豊臣軍を相手に奮戦しよく城を持ちこたえたが、本城小田原城の開城に伴い、前田利家・浅野長政の両将からの攻撃を避けるために共に深谷城で籠城していた杉田因幡と謀って深谷城を開城し深谷城と城下町を兵火から守ることとなります。
その後しばらくは隠棲していたが、1592年に井伊直政の推挙を受けて徳川家康の家臣となり、井伊直政の配下として碓氷郡内に4000石を与えられた様です(よほどの人物だったんでしょうね)
その後は、会津征伐に伴う上杉景勝への詰問の使者として訪問したり、戦後も徳川家康の命で再び会津に赴いて上杉景勝に降伏を勧めこれを受け入れさせたり、利根川の大工事に大きな成功を収めたり、大坂の陣にも従軍するなど全然地味な武将で全然知られていませんが、めちゃくちゃ頑張って能力を発揮した武将だったんですね。
秋元氏はその後もしっかりと徳川幕府を支えた様で、最終的に上野館林で6万石の中堅大名として幕末まで続いたようですね! 隠れた名家じゃないでしょうか!(^◇^)
そんな秋元氏が上総国から移り上野台と呼ばれる土地に館(陣屋)を構えたのがこの秋元氏陣屋跡/秋元氏館跡です!!! 何も残っていませんが・・・失笑(~_~メ)
【秋元氏陣屋跡/秋元氏館跡】





