武田信玄の時代この地を北国防備強化をするために、1548年に地元の豪族大村氏に命じて中牧城/浄古寺城を築城させたと云われており、大村加賀守・大村伊賀守が城主となっています。
1582年に武田勝頼が討たれ甲斐武田家が滅亡すると中牧城はそれでも徹底抗戦を行います。しかし、徳川家康に反抗して敗れ落城・・・徳川家康入国後は家臣の内藤三左衛門が城代となり1589年今の規模へ修築したみたいです( `ー´)ノ付近には城にまつわる地名で屋敷・堀の内・替地・請地・田屋(胎屋)・堀端などがあるみたいですね。
中牧城/浄古寺城は笛吹川と鼓川が合流する地点の北の高台に築かれていました!本丸は最高所の南端で北から西に掛けて高くされた土塁の辺だと思われ、その一角に櫓台がありました。この土塁の外側に規模の大きな空堀が残ってて、北の尾根はそのまま堀切になっていた様です。現在は道路になっていますね!(@_@;)
城全体が果物の畑になっており、本丸から見る周りの景色は朝早かったせいか、なかなか絶景で胸がジーンとしました(●^o^●)
【中牧城/浄古寺城】





小高いだけの丘ですが・・・絶景です!(≧◇≦) 土塁と朝霧・・・♡

そして・・・富士山・・・・( ̄▽ ̄)

本丸が見えてきましたね! 裏から廻り込んでしまいました!(`・ω・´)ゞ

本丸です\(゜ロ\)(/ロ゜)/



あらためて・・・富士山・・・素敵です♡













