山口城 / 児泉城(埼玉県)

山口城 / 児泉城(埼玉県)

たまたま所沢付近をクルマで走っていたら信号機に『山口城跡前』ってあるのを発見したので、急遽、この辺りをウロウロして発見しました!<(`^´)>

山口城は平安時代末期の頃、武蔵国の武蔵七党のひとつ村山党の山口家継が築城したと云われ、その後は代々山口氏の居城だった様です。当初は曲輪と土塁ぐらいだった様ですが、周りの地名からしても室町時代の頃には徐々に大きくなり堀や曲輪数を増やすなど増築されていった思われます。
1368年に新田義宗と脇屋義治が挙兵した武蔵平一揆の際に、一揆勢の中心だった河越氏に付いた山口氏の山口高清は、鎌倉公方足利氏満側の上杉憲顕(うえすぎのりあき)に攻められ山口城はあえなく落城・・・山口高清の子、山口高治は南北朝方の力を借りて再び挙兵しますが敗北し山口城に火を放ち自害・・・山口高治の子、山口高忠は上杉氏家臣の大石氏(武蔵国守護代)に従い山口城を大幅に改修を行いますが、勝楽寺村(狭山湖付近)に『根小屋城』を築き山口城の機能を移したみたいです。

その後、山口氏は上杉氏が没落すると後北条氏の傘下に入り従っていましたが、その後北条氏も小田原征伐で滅びると山口城は廃城となったようです。

【山口城 / 児泉城】

クルマで走行中に信号機で気が付きました♪♪♪

現在は住宅地(隣のスーパー?笑笑)に飲み込まれてしまっています・・・\(◎o◎)/!

お城カテゴリの最新記事