鎌倉時代の名門、三浦氏の一族がこの地に移った和田正治が築いたと云われています。池和田の地名も和田氏に由来するもんなのかなぁ???(=゚ω゚)ノ
戦国時代に入ると和田氏ではなく多賀氏が池和田城の城主となり、常に里見氏と行動を共にした様ですね。
池和田城主多賀高明は里見義堯(さとみよしたか)に従軍し第一次国府台合戦・第二次国府台合戦に参戦。結果はすべての合戦に惨敗し勝ちに転じた後北条氏は上総国に攻め込み池和田城を攻めたようです。しかし、池和田城の西・北・南は深い田んぼであったり、東は高い山で要害となっておりそちらからも攻めるのが難しかったため、後北条軍は攻めあぐんで戦死者をめちゃめちゃ多数出したのですが、後北条氏の謀略により籠城していた池和田城内から謀反者が出てしまい城内を放火!!!池和田城内の混乱に乗じて後北条氏が攻め込み、池和田城は落城したとのことです( `ー´)ノ
【池和田城】




さてさて・・・池和田城内に突入します( `ー´)ノ















