備中松山城の感想
天空の城です。
雲海とまではいきませんが、岡山県高梁市にある『備中松山城』です((´∀`))
現存12天守(現存天守)の一つ。
崖の上に築かれた石垣が大迫力です!!!
私のイメージは三村元親さんの居城で宇喜多、毛利、小早川とやり合う名門のイメージで残る山城なのですが、
ここまでの城は水谷さんや板倉さんが仕上げたんでしょうね。
日本三大山城(天守閣がある)のひとつでもあります。
本当に標高の高いところにある天空の城です。
この写真(雲海のような)が撮りたくて、日が昇らないうちに備中松山城の向かいの山で待機し
悪天候の中、何とか撮影に成功しました!
山奥の暗闇の中の悪天候だったので、かなりの恐怖がありましたが感無量です!
備中松山城の歴史ですが、相模の三浦一族だった秋庭重信が承久の乱の活躍によって備中国有漢郷(高梁市有漢町)の領地を任せられる地頭になったことが始まりとされています。1240年に最初は大松山に築城しますが、当時は居住するのがメインというよりは砦のようなものだったとも言われています。その後、鎌倉時代終わり頃、1331年に高橋氏が城主となった頃に小松山城にも城を作り今の備中松山城につながる規模へと拡大していきます。戦国時代に入り、城主を上野氏、庄氏、三村氏、毛利氏、小堀氏と目まぐるしく変えて、関ヶ原を経て江戸時代を迎えます。江戸時代に入ると、池田氏、水野氏、水谷氏、浅野氏、安藤氏、石川氏と江戸時代も城主を変えながら、1700年台中頃に板倉勝澄が伊勢亀山城から入城し以降幕末まで板倉氏が代々城主を務めます。ちなみに石川氏(石川総慶)は備中松山城から伊勢亀山城へ移っているので入れ替わりに近い転封だったみたいですね。
こんなに城主が入れ替わったお城って他にもあるんだろうかねぇー??
備中松山城画像ギャラリー

朝靄が雲海の様な瞬間が撮りたくて頑張った写真です 日本最標高の名城 備中松山城です

叫びたくなるような絶壁にそびえ立つ岩肌に石垣を組んでいます

山頂にできた要塞です 石垣の迫力も半端なーい!

奇跡に近い名城だと思いませんかぁ???

三村氏がいた頃よりも近代的に整備されたんでしょうね

石垣の津波が山頂で見れます


復元だとは思いますがこれもまた迫力があります

おおおおおおおおおおおお~渋い!かっこいい!



いやぁ~たまらんっすね!このアングル!ダイナミックそのものです!


備中松山城情報
| 築 城 | 1240年 |
| 城 主 | 秋庭氏、高橋氏、高氏、上野氏、庄氏、三村氏、毛利氏、小堀氏、池田氏、水野氏、水谷氏、浅野氏、安藤氏、石川氏、板倉氏 |
| 住 所 | 岡山県高梁市内山下 |
| 種 別 | 山城 |
| 廃 城 | 1874年 |
| 特 徴 | 国指定史跡、国指定重要文化財 日本100名城 ※日本100名城スタンプは備中松山城券売所にあります。 |
| 入場料 | 【大人】500円 【小中学生】200円 |
| 営業時間 | 【4月~9月】9:00~17:30 【10月~3月】9:00~16:30 最終入城時間:閉城時間の30分前 |
備中松山城(びっちゅうまつやまじょう)へのアクセス
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