片岡城 / 下牧城(奈良県)

片岡城 / 下牧城(奈良県)

片岡城 / 下牧城の感想

ここは面白そうな城だな!って思って訪問しましたが・・・結論から言えば・・・断念しました!!!( ノД`)シクシク… 心残りのお城です。

奈良県北葛城郡上牧町にあります『片岡城』です(`・ω・´)ゞ 
上牧町にあるのに別名は『下牧城』ですってぇぇぇ笑((´∀`))ケラケラ

いつ築城されたかははっきりわかっていませんが、室町時代に片岡氏が築城したと云われています。
1498年に畠山尚順の配下にいた筒井氏が片岡城を攻め落とし片岡氏を滅ぼした?って記録がある様です。しかし、その後、片岡春利の時に松永久秀に片岡城は攻め落とされたとされているため、一度、筒井氏に攻め落とされたが、その後、何とか片岡氏奪い返し松永久秀が侵攻してくる時まで片岡城を居城として存在していたんだと思います。
大和国に侵攻してきた松永久秀が筒井順慶たちを追い詰め大和国から追い出し、その際に松永久秀たちに片岡城も攻め落とされた様です。松永軍は片岡城に数日留まっていたのですが大和国南部に勢力を持つ越智氏を征伐するために侵攻すると、空になった片岡城を片岡春利は奪い返し松永軍に徹底抗戦したようですね(=゚ω゚)ノ 1570年3月に片岡春利が36歳で病死してしまうと、再び松永久秀に攻められて同年11月に片岡一帯が制圧され片岡城も落城してしまったようです。

1577年に織田信長を裏切った松永久秀は織田信忠を総大将とする織田軍に攻められ信貴山城が攻撃されるが、この片岡城には松永軍が約1千が籠城し戦った様です。一方、織田軍は明智光秀・筒井井順慶・長岡(細川)藤孝ら約5千の軍で攻めかかり片岡城を落城させました。その際に、長岡藤孝の息子の細川忠興・興元の兄弟が織田信長に直筆の感状を送られたみたいです(=゚ω゚)ノ

地元から愛されている片岡城だとは思ったのですが、行ってみると民家側からは入っては行けなくて、片岡城の正規入口は草ボーボーで侵入することが厳しく・・・楽しみにしていたのですが泣く泣く断念してしまいました・・・(´;ω;`)ウゥゥ

片岡城/下牧城画像ギャラリー

片岡城跡は上牧町の馬見丘陵北端標高90mと丘陵内で最も高い地点に築城されていました( `ー´)ノ
城の西側には葛下川が東側には滝川が流れており、城の北側で合流することにより三方が自然の水濠に囲まれ、要害に適した地形ですね!まずまずの立地です(‘◇’)ゞ

案内板もしっかりしてて地元の人も応援しているなぁ~(●´ω`●)

けど、こっちは民間の方の土地だから入ってはいけないみたい・・・

こっちはダメなようです・・・

正式な入口はこっちです・・・・・・・・

これ行くのはつらいので・・・諦めました・・・((+_+))

片岡城 / 下牧城情報

築 城16世紀初め
城 主片岡氏、松永氏
住 所奈良県北葛城郡上牧町
種 別平山城
廃 城1577年
特 徴
入場料無料
営業時間
駐車場無し

片岡城 / 下牧城へのアクセス

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