岡部六弥太忠澄の墓(埼玉県)

岡部六弥太忠澄の墓(埼玉県)

岡部六弥太忠澄の墓画像ギャラリー

岡部六弥太忠澄は平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武蔵武士です。
岡部氏は武蔵七党のひとつ猪俣党に属し、祖父の猪俣六太夫忠綱が岡部に居住して岡部を称したことにはじまると云われてます。
岡部六弥太忠澄は源義朝(源頼朝の父親)の家人として保元・平治の乱に活躍したみたいです。源平盛衰記には『待賢門(たいけんもん)の戦い』で熊谷直実、斎藤実盛、猪俣小平六など源氏十七騎のひとりして武勇を示したと云われています。
木曽義仲追討!一ノ谷では名将平忠度(たいらのただのり)を討ち獲り、恩賞として荘園五か所及び伊勢国の地頭職を与えられた様です。その後は奥州討伐軍や頼朝の上洛にも従軍しています。

岡部六弥太忠澄は武勇だけが優れているのではなく情深い武将だとも知られており、一ノ谷の戦いで討ち獲った平忠度の墓を自分の領地で最も見晴らしのいい清心寺(せいしんじ)建てたとされています(`・ω・´)ゞ

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岡部六弥太忠澄の墓情報

年 代1197年没
住 所埼玉県深谷市普済寺962
種 別県指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

岡部六弥太忠澄の墓へのアクセス

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