武田晴信(信玄)の継室(けいしつ)三条の方のお墓です。
継室とは相手の正室が死別や離婚を受けての当主の正式な再婚者として嫁いできた方の事を云い、武田信玄は当初、扇谷上杉氏の上杉朝興の娘と結婚し『上杉の方』がいたのですが早くに亡くなってしまい、その後に嫁いできたのが『三条の方』です。
武田信玄と云えば『諏訪御寮人』が有名ですが、三条の方も武田義信(信玄の長男)、黄梅院(北条氏政の正室)、見性院 (穴山梅雪の正室)などを生んだしっかりとした正室ですね!(`・ω・´)ゞ 1536年頃の武田信玄の下に嫁いできたらしいですね。
三条の方の父親は三条公頼(さんじょうきんより)で三条家第16代目当主です。
戦国時代の凄い運命なのですが、1551年頃三条家も厳しかったのか三条公頼は周防国の大内義隆を頼り下向していましたが、大内義隆の重臣、陶隆房(晴賢)の下剋上!!!『大寧寺の変』に巻き込まれ殺害されてしまいます(´;ω;`)ウゥゥ 遠く甲斐国で父親の死を聞いた三条の方はどんな風に受け止めたのでしょうか???(/ω\)
三条の方は1570年に死去。。。享年50歳って云われています。
三条の方が亡くなると菩提寺とした寺院を武田信玄がその法号から寺名を『円光院』と改めたと云われているみたいですね。。。
【武田晴信室三条氏墓】
上記に記載しましたが、甲府市にある『円光院』に三条の方のお墓がありました!




寺院内に案内があるのでわかり易いです(*´ω`*)






ありました( `ー´)ノ


キレイに整備されていますね! 武田信玄の頃と今の今まで地元の方にも大切にされていたんだろうなぁ~って思います(●´ω`●)




あれ???菊の紋???三条家は『片喰に唐花』じゃないの???(ー_ー)???


甲府市内を眺めることが出来る場所にありましたね(。◕ˇдˇ◕。)/
