庁鼻和(こばなわ)城内に建てられたとされる『国済寺』に『上杉氏憲英公の墓/上杉歴代墓』があります。
上杉憲英は南北朝時代から室町時代に掛けて活躍した武将で、関東管領山内上杉氏の有力な一門で上杉 憲顕(うえすぎ のりあき)の六男として誕生し、庁鼻和(こばなわ)城https://jh.irukamo.com/kobanawajo/を築城し『庁鼻和(こばなわ)上杉氏』を名乗っていた様です。上杉憲英は上野国守護や蔵人大夫、奥州管領などを務めたとされ『川越の平一揆の討伐』や『上野国の新田一族の平定』に活躍した様です(`・ω・´)ゞ
後に・・・上杉憲英の子孫の上杉房憲が庁鼻和(こばなわ)城https://jh.irukamo.com/kobanawajo/を出て新たに深谷城https://jh.irukamo.com/fukayajo/を築き『深谷上杉氏』を名乗り庁鼻和上杉氏は深谷上杉氏となっていき、深谷上杉氏の上杉氏憲の時に後北条氏に降り、豊臣秀吉の小田原征伐の際に『深谷上杉氏』は滅んだとされ、上杉氏憲は信濃国更科郡に隠居し名を久保田氏と改めたとされています。
【上杉憲英公の墓/上杉氏歴代墓】












