金ヶ崎城/金ヶ崎要害の感想
平安時代に坂上田村麻呂が館を築いたという伝説もある岩手県の金ヶ崎城です!基本的に現在の遺構としては1591年に 伊達領にこの地がなった時に南部氏の領地と接しているために金ヶ崎要害として作られたとされているみたいです。その後、桑折氏や留守氏が金ヶ崎城に入り、1644年に伊達一族の大町氏が明治維新まで城主となったようです。
現在の金ヶ崎城ですが、概ね城の曲輪や土塁などの遺構も残っていますが、北上川と接しているために、二の丸、本丸、東館、観音館の一部と蔵館の全部は侵食されて残っていないそうです。自然の要害を生かしたお城(要害)なのでこれも仕方がないのかもしれないですね。
金ヶ崎城/金ヶ崎要害画像ギャラリー
どうやっていくんだろう?と、うろうろしていたら目線よりだいぶ低い位置に案内を発見。


車が来たらすれ違いできないくらいの道を入っていきます。

本丸
民家の脇というか民家の中にあるような感じですが、到着しました!




説明版

本丸と二の丸の堀切

金ヶ崎城/金ヶ崎要害情報
| 築 城 | 不明(平安時代?) |
| 城 主 | 坂上田村麻呂、安倍氏、桑折氏、留守氏、大町氏 |
| 住 所 | 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根白糸 |
| 種 別 | 平山城 |
| 廃 城 | 1869年 |
| 特 徴 | 町指定史跡 |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 有り(無料)※金ヶ崎要害歴史館に停められます。 |
金ヶ崎城/金ヶ崎要害へのアクセス
金ヶ崎城/金ヶ崎要害レビュー
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