実は・・・地味ですが・・・私がここ最近でめちゃくちゃ行きたかった城です( `ー´)ノ
『本郷城』です!m(_ _)m
本郷城の生い立ちは・・・笑 二階堂信濃守行光の末裔・六郷弾正道行が、1559年に稲荷岡の東に築城したのがスタートだと云われています( `ー´)ノ
また『諏訪神社縁起』によると1384年に鎌倉御家人であった二階堂三郎左衛門道晴が武蔵国六郷より出羽国仙北郡に入国したと云われており、その際、故郷の『六郷』の地を取って六郷氏を名乗ったとされる。1559年に六郷正道(六郷第2代目当主)は稲荷岡の東に六郷城を築いて居城としたみたいですね。。。六郷城は周りを田園に守られた平城(どっちかと云えば館???)であり、ある意味、防御力はそこそこあったんじゃないかなぁぁぁ~って思います。
1590年には豊臣秀吉の太閤検地において、大谷吉継の家臣である安田上総介が六郷城に入城し六郷氏は5,000石を安堵されます。
1600年には関ヶ原合戦において政乗はいち早く徳川家康に接近し、角館城主である戸沢盛安と共に横手城主の小野寺義道と戦った。その戦功により1602年に常陸国府中の地(常陸府中城)に1万石に加増され転封となった。
六郷城は佐竹氏配下の川井伊勢守と箭田野安房守らが受け取っていますが、六郷城周辺の人心は落ち着いていなかったため、佐竹義宣の父・(鬼)佐竹義重は六郷城を居城とし
入国します!!! すると案の定・・・1603年に改易された小野寺氏の旧臣が不穏な動きを見せ、六郷城を約1,000人の軍勢で包囲してしまいます((+_+))
一方、六郷城側には200人程度しかおらず、近隣の町民や農民らも加勢して籠城したが苦戦を強いられていた。そこで大曲城主である梶原政景達が急遽駆け付け、結果撃退に成功しましたヾ(≧▽≦)ノ
そんな舞台が・・・本郷城です!!! 佐竹義重ファンの私からしたら・・・たまらん♪
【本郷城】














