中新田城/御仮屋(宮城県)

中新田城/御仮屋(宮城県)

中新田城は奥州探題大崎氏の居城であったとされる城の1つであり、大崎氏最後の当主となった大崎義隆が名生(みょう)城https://jh.irukamo.com/myojo/に移る前に居城としていた城がこの中新田城です( `ー´)ノ 大崎義隆が名生城に移った以降、中新田城には大崎氏の家臣である南条下総守隆信が城代として入った様ですね♪ 因みに・・・この!南条隆信は1588年に起きた大崎合戦で伊達政宗軍を中新田城で迎え撃ち撃退したみたいです!なかなかの猛者だったんですかね~(`・ω・´)ゞ 

足利氏の一族である斯波家兼が奥州管領に任じられ奥州に下向してきた時に、築城は定かではございませんが・・・1354年頃に斯波家兼によって築かれたと云われたのが中新田城を築いたとされています! 中新田城は一辺100m程度の正方形状の本丸を中心に、外周東西300m×南北250mの二ノ丸と本丸の西側には乾ノ丸が存在し、本丸の外堀に架けた橋によって連結していたみたいですなぁぁぁぁ~( ̄▽ ̄)推測される堀の幅は20~25mと大規模なものであったみたいです!!!凄い!!!!!!!(。◕ˇдˇ​◕。)/

後に・・・この地は伊達政宗の領地となり、1638年に仙台藩主第2代目の伊達忠宗がこの地を訪れた際に御仮屋が設けたらしく、中新田城は他にも御仮館と呼ばれたみたいですね~♪

【中新田城】

現在市街地となっていて、国道を挟んだ南東にある多川稲荷神社の背後にわずかに土塁が残っていたみたいで、長興寺と西隣の瑞雲寺を囲むように西から北側にある水路は堀の名残みたいです(=゚ω゚)ノ

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