古川城(宮城県)

古川城(宮城県)

古川城の感想

古川城の築城ははっきりしていませんが、室町時代中ごろに大崎氏第7代目当主の大崎教兼(のりかね)の6男(誰なんだかわかっていません)が居館として構えたことが始まりとなり、後子孫は古川氏を名乗ったと思われ1532年~1555年頃には古川刑部少輔持熈(もちひろ)が城主であったと云われています。また、古川刑部持慧(もちさと)と古川弾正忠隆(ただたか)が大崎氏の家臣だった記載もあり、古川氏を名乗る武将が代々この城の城主だったと思われます。

1534年に泉沢城主である新井田安芸守頼遠が主君大崎義直に叛くと、古川城の古川持熈もそれに同調し反乱を起こします。1536年、手を焼いた大崎義直は伊達稙宗に救援を求め、それに応じた稙宗は3,000騎をもって大崎領に侵攻した。古川持熈は古川城に立籠もってこれを迎え撃ったが古川城は落城し古川持熈は自害した様ですね。。。((+_+))

古川弾正忠隆が城主であった1573年~1591年の頃、1590年に起きた豊臣秀吉の『奥州仕置』によって主君大崎氏は滅亡し、葛西・大崎領には木村吉清が転封され入国してきます。その際、古川城には木村吉清の子である木村清久が古河城に入城したと云われています。しかし、木村氏は『葛西・大崎一揆』による責をもって失脚してしまい、替わりに伊達政宗にこの地が与えられます。伊達政宗は重臣である鈴木和泉守元信を古川城に配した。鈴木氏は元信の子重信、その子宗良と3代続いたが、1645年に鈴木氏が桃生郡深谷に転封されたため古川は藩の直轄の地になり古川城は廃城となった様です(`・ω・´)ゞ

古川城画像ギャラリー

古川城は・・・大崎市立古川第一小学校の校庭にありましたが・・・さすがにそこまでは無断で入れず手前で断念しました( ̄▽ ̄)

古川城情報

築 城不明
城 主大崎氏、古川氏、木村氏、鈴木氏
住 所宮城県大崎市古川二ノ構7
種 別平城
廃 城1645年
特 徴市指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

古川城へのアクセス

古川城レビュー

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