沢辺館/臥牛館(宮城県)

沢辺館/臥牛館(宮城県)

沢辺館/臥牛館の感想

沢辺(さわべ)館、若しくは、臥牛(がぎゅう)館とも云います。聞きなれない『臥牛』の意味は『伏せて横たわる牛』の姿・カタチを意味している様で、この沢辺館全体がこんもりとした小山に築かれており、その姿が『伏せて横たわる牛』に似ていたのでそのように呼ばれていたんでしょうねぇぇぇ~(`・ω・´)ゞ
1199~1201年頃に、葛西氏の家臣だった二階堂常信が衣川より移り住み館を築いたのが始まりと云われており、後に二階堂氏は沢辺氏と名乗るようになったようです。
室町時代になるとこの地は大崎氏の領土となり、沢辺氏は一関市にある霞館や続いて1488年頃には同じ一関市にある蒲沢館に移った様です。
(霞館も蒲沢館も発見できていません(´;ω;`)ウッ…奥州には千葉氏が多く移ってきており『下油田千葉氏が磐井郡流郷の旗頭的存在だったらしく旗頭峠城主寺崎氏の一門となった様で、流郷磐井郡下油田蒲沢館に住み代々葛西氏に仕えた。』との記載もありましたので、なんだかんだ千葉氏の流れを組む一族を頼って流れたと思われます) 
葛西氏が大崎氏から沢辺館を取り返すと沢辺重光(12代目)の頃に再び館主となった様ですね。。。1590年の奥州仕置により葛西氏は改易になってしまうと沢辺氏もこの地を共に去った様です。
葛西氏が去った後は伊達氏の領土となり、伊達氏に仕えた旧葛西氏の家臣であった小野寺氏の居館となりました。沢辺館は小野寺道行 → 道重 → 道貞の三代が在城していますね。

沢辺館/臥牛館画像ギャラリー

現在は『金成沢辺臥牛館公園』として整備されていました( `ー´)ノ

説明版

愛宕神社

館内には『愛宕神社』もありました♪

土塁

土塁の跡がしっかりと残っていますね\(◎o◎)/!

沢辺館/臥牛館情報

築 城不明(鎌倉時代)
城 主沢辺氏(二階堂氏)、大崎氏、小野寺氏
住 所宮城県栗原市金成沢辺館下
種 別平山城
廃 城不明(江戸時代)
特 徴
入場料無料
営業時間
駐車場有り(無料)

沢辺館/臥牛館へのアクセス

沢辺館/臥牛館レビュー

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