前九年の役 阿久利川古戦場跡(宮城県)

前九年の役  阿久利川古戦場跡(宮城県)

前九年の役 阿久利川古戦場跡の感想

『前九年の役』とは陸奥国の大豪族安倍氏と朝廷側の源頼義父子の戦いで1051〜1062年に東北で起きた長期戦です。前九年の役後、安倍氏が滅び代わって清原氏と源氏の力が強まる結果となりました。

『前九年の役 阿久利川古戦場跡』はその『前九年の役』で行われた合戦そのものではなく『前九年の役』が泥沼の全面戦争へと再燃する直接の引き金となった『阿久利川事件』の舞台(事件発生現場!?)の場所みたいですね\(◎o◎)/!?!?
1056年に陸奥守(国府の長官)であった源頼義が、陸奥奥六郡を支配する北方豪族・安倍氏との一時的な和睦・任期満了に伴い、陸奥国の国府『多賀城』へ帰還する途中に、源頼義の軍勢が阿久利川の河畔で野営していると、源頼義の部下である藤原光貞の陣営が何者かに夜襲を受け、人馬が殺傷される事件が起きました!
襲撃を受けた藤原光貞は『以前、自分の妹への求婚を断った腹いせに安倍頼時(あべのよりとき)の長男の安倍貞任(さだとう)がやったに違いない』と主張したため(全くの妄想ですよね!失笑)、その妄想に似た主張を全面的に受け入れた源頼義は、安倍頼時に対して『貞任を引き渡せ』と一方的に要求します。しかし安倍頼時は『わが子を無実の罪で差し出すことはできない』と拒否し衣川の関を閉ざして挙兵しました。この『阿久利川事件』をきっかけに休戦状態が破られ、源氏と安倍氏による激しい全面戦争へと突入していきます!!!( `ー´)ノ 結果、安倍氏は上記に記載した通り滅んでしまいます・・・個人的には『源頼義の陰謀』だったんじゃないかと思います。安倍氏を討伐する大義名分(口実)を得るために自ら仕組んだデッチ上げ(陰謀)だったんじゃないでしょうか?そもそも『求婚を断った腹いせ』ってくだらない理由で9年以上も合戦するなんて・・・失笑

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あと面白いのが 『阿久利川(あくりかわ)』という川の名称は長年どこを指すのか不明とされていましたが、研究により『あくり』ではなく『あくと』と読む説が有力視されています。伊治城近辺はその昔『阿久戸(あくと)』と云われていたみたいですね(; ・`д・´)

前九年の役 阿久利川古戦場跡情報

年 代1056年
住 所宮城県栗原市志波姫八樟里
種 別史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し

前九年の役 阿久利川古戦場跡へのアクセス

前九年の役 阿久利川古戦場跡レビュー

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