狭間城(愛媛県)

狭間城(愛媛県)

狭間城の感想

いつ築城したのかも・・・そもそもどんな感じの城だったのかも不明です・・・(@_@)
標柱の周囲や説明文によると、狭間(はざま)城主は徳永因幡守信貞(とくなが いなばのかみ のぶさだ)だった様で、『新居六人衆』のひとりとして高峠城主の石川氏を仕えていた様です。
この説明文には『掻上(かきあげ)城』っとありますが、たぶんですが平地に土などを『掻き上げ』て土塁を築いていた城って意味なんだと思います。1585年の羽柴(豊臣)軍に対して石川氏や金子氏同様に抵抗し落城させられた城なんだと思います。

現在の狭間城城跡の敷地の大半は静かな住宅街となっていますが、伊予西条駅の南にある四国鉄道文化館南館の駐車場の一角にある『狭間公園』の敷地内に、『中世の古城跡 狭間城跡』と刻まれた白い案内標柱が設置されています。

狭間城画像ギャラリー

狭間城情報

築 城不明
城 主徳永氏
住 所愛媛県西条市大町945
種 別平城
廃 城1585年?
特 徴–
入場料無料
営業時間–
駐車場無し

狭間城へのアクセス

お城カテゴリの最新記事