法華津本城/法華津城(愛媛県)

法華津本城/法華津城(愛媛県)

法華津本城/法華津城の感想

法華津(ほけづ)本城の築城は定かではありませんが、南北朝時代には伊予西園寺(いよ さいおんじ)氏に従っていた法華津氏(本姓は清原氏)が築いた様です。歴史はかなりあったのかな?
室町時代から戦国時代に掛けて法華津氏は西園寺氏の中でも法華津水軍を率いた一族だった様です。
法華津氏ははじめ犬尾城を本城としたとも伝えられるが、のち法華津(海側)に転じて海に面した標高43.5mの独立丘陵に本城(法華津本城)を築城して、ついで周辺の要地に、新城・鍋蔵城・今城・高森城・福之森城・吉岡山城の六城を築き、法華津本城を合わせ『法華津七城』を築きました。
1532年~1570年に掛けて、伊予西園寺水軍として、大友氏が率いる水軍を撃退したり、土佐国の一条氏を助け党宗我部元親軍とも戦うなど対峙した時期もあった様です。

1585年の羽柴(豊臣)秀吉の四国征伐が始まるり制圧され、大洲城に戸田勝隆が入国してくると当時の城主だった法華津前延(秋延)でしたが、降伏し小早川隆景に従軍し九州など従軍したりしますが、戸田勝隆に法華津本城から追い出されてしまい筑紫国に逃げたと云われています。また、別の話だと・・・法華津前延(秋延)は法華津本城を捨て逃げ出し筑紫国に向かったが、高山沖で難船してしまい死亡したと云われているみたいですね。。。 これにより約200余年にわたる法華津氏の歴史は、法華津前延(秋延)の筑紫国落ちをもってその幕を閉じたとも云われています。

法華津本城(ほけづほんじょう)は伊予国宇和郡(現在の愛媛県西予市宇和町法華津)の法華津湾を一望する標高43.5mの独立丘陵に築かれた城です。以前は農道などを経由してわずかに立ち入ることができたルートもありましたが、2018年(平成30年)の西日本豪雨による土砂崩落・農道被災等により、かつての登り口も含めて消滅・立ち入り不能となっていました。

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この裏山(みかん畑)がたぶん、法華津本城だと思います!

法華津本城情報

築 城不明(南北朝時代?)
城 主法華津氏
住 所愛媛県宇和島市吉田町法花津
種 別山城
廃 城1587年
特 徴市指定史跡
入場料無料
営業時間–
駐車場無し

法華津本城へのアクセス

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