伊予岡崎城(愛媛県)

伊予岡崎城の感想

伊予国新居郡(現在の愛媛県新居浜市郷)に位置した岡崎城は、新居郡の豪族・金子氏の重要な支城であり、金子城(本拠)の東方を防衛する前線拠点として、また平時の居館・水軍基地として機能した山城です。金子元宅(かねこ もといえ)と金子城についてはこの後に詳しく記載しようと思います(`・ω・´)ゞ 
伊予岡崎城は藤田芳雄・藤田俊忠が城主として務めており、1585年の豊臣秀吉による『四国征伐』で激戦の舞台となったのがこの伊予 岡崎城です!!!

岡崎城は、国領川の東岸に位置する標高約60mの小丘陵(岡崎山)に築かれた平山城です。川の対岸にある本城・金子城とは目と鼻の先にあり、街道と水路(瀬戸内海へのアクセス)の双方を押さえる軍事・流通の要衝でした。
1585年7月になると、豊臣秀吉の命を受けた毛利輝元・小早川隆景・吉川元春らの大軍が瀬戸内海を渡って東予(愛媛県東部)に上陸し進軍してきます! その兵力は小早川隆景率いる主力だけで数万に及び、対する金子元宅ら新居・宇摩の地方豪族連合はわずか数千の兵力でしかない状況でした! 主君の金子元宅は長宗我部元親側の国人衆でしたので徹底抗戦を行います。
小早川隆景軍の先鋒が国領川の東側に迫ると、岡崎城は激しい包囲攻撃を受けます。岡崎城主の藤田隼人は、圧倒的な兵力差にもかかわらず降伏勧告を拒否。城内に立てこもり弓矢や石や鉄砲を駆使して小早川軍の渡河を阻止すべく徹底抗戦を展開しました。
しかし、兵力と物資の差は歴然であり、豊臣軍の猛烈な鉄砲のつるべ打ちと連続攻撃によって、岡崎城の城門や曲輪は次々と破られていきます。城内になだれ込んだ小早川軍に対し、藤田隼人と城兵たちは白兵戦を展開しましたが、最後は城に火を放たれ、壮絶な討死を遂げて落城したようです(/ω\)

伊予 岡崎城画像ギャラリー

城下には『岡崎公園』がありそこから城内に侵攻できます( `ー´)ノ

鳥居の下をくぐり七曲りっぽい山道を登って行きます♪

『鉾前神社』ですかね???ヽ(^。^)ノ
神社の右脇から更に城内に侵攻できますね!!!

本丸に着いたかな???(。◕ˇдˇ​◕。)/

本丸部分は少し尾根を利用しているのか?長細いタイプですね!

伊予岡崎城情報

築 城不明(天文年間?)
城 主藤田氏
住 所愛媛県新居浜市郷
種 別山城
廃 城1585年
特 徴市指定史跡
入場料無料
営業時間–
駐車場無し

伊予岡崎城へのアクセス

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