『戸沢三十五城』のひとつとされる太田城です(=゚ω゚)ノ
大仙市にある太田城跡は小神成(こがなり)地域の隣「築地古館」と呼ばれる場所にある城館跡です。現在は、大仙市太田支所や幼稚園敷地となっています。
築城は太田四郎秀頼が築城したと云われており、その後の書物には『太田城は太田小治郎某の居城』とされている様で、1587年の唐松野合戦においては太田源七郎名が記載されている様です。
東西65m×南北100mの面積の主郭を持つ単郭の平城です。主郭の北西側には馬場が位置し周囲を内堀と外堀の二重の堀と土塁で囲んでいるみたいです。西方に『築地』の地名が残っていますが『館跡』を示したものだと思われます!!!
案内板には・・・
『ここの地名は「築地古館」、その名がしめすように古い館(太田城)があったところです。太田城があったのは中世(平安時代~戦国時代末)の時代です。中世時代の城館には、太田城のように、郷村の支配者が勢力維持と行政支配のために、支配地の中心に造る平城と目的は同じで支配地を見下ろす位置に造る山城があります。太田城主は戸沢氏(仙北郡北部を広く支配した一族)の支配下の太田四郎秀頼。天正18年(1590年)7月に豊臣秀吉の命によって取り壊された戸沢氏の支城のひとつです。』
っと書かれており、1590年に豊臣秀吉から戸沢氏に出された『支城破却令(居城を角館城ひとつとする命令)』により取り壊しとなり廃城にしたみたいですね!(`・ω・´)ゞ
【太田城】















