勝龍寺城の感想
京都の長岡京市にある『勝龍寺城』です。南北朝時代の1339年、細川頼春(ほそかわ よりはる)が南朝方への備えとして築いたのが始まりと言われています。
多分ですが犬川と小畑川に挟まれた天然の要害だったお城だと思います。
戦国時代の細川藤孝(幽斎)の時に、二重の堀、土塁や石垣を備えた近世城郭の構造へ改修されお城が強化されたようですね。
その後、藤孝の息子「細川忠興・ガラシャ夫妻」のゆかりのお城になります。(細川ガラシャは明智光秀の娘)
1578年に結婚式をこのお城であげたとか。。。
また、一番有名なのは本能寺の変の後、明智光秀と羽柴秀吉の戦いである山崎の合戦で秀吉軍に敗れた明智光秀が一旦この城に逃げて来ますが、自分のお城「坂本城」に落ち逃げようと出たところ、小栗栖(おぐりす)で農民の落ち武者狩りに合い殺されたなどの話もある明智光秀縁のお城になります。
その後、江戸時代になり1649年、永井直清が摂津高槻藩に移封されたことで、勝龍寺城は廃城になっています。
勝龍寺城画像ギャラリー























勝龍寺城情報
| 築 城 | 1339年頃 |
| 城 主 | 細川氏、矢部氏、猪子氏、永井氏 |
| 住 所 | 京都府長岡京市 |
| 種 別 | 平城 |
| 廃 城 | 1649年 |
| 特 徴 | 市指定史跡 |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | 4月~10月 9:00~18:00 11月~3月 9:00~17:00 休園日:12月28日から1月4日 |
勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)へのアクセス
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