和田山城(石川県)

和田山城(石川県)

和田山城の感想

1506年頃に一乗谷城の越前守護朝倉貞景に追われた南加賀国一向衆の和田坊超勝寺が築いた城とされ、その後、大小の加賀国一向衆同士の小競り合いから、本願寺が和田坊超勝寺側に付き本願寺一向衆側として確立された様です。
この辺は古墳が多く(前方後円墳や前方後方墳や円墳など、この辺一帯にも40数基もの古墳が築かれています!凄いですなぁ~Σ(・□・;) 和田山城も古墳を利用した平山城で、手取川南岸の小丘陵に築かれました。平野部の中央に位置する丘陵は古代より地域を象徴する存在だったと思います。
戦国時代には古墳は戦略的に使われることが多く、城攻めの陣屋は勿論の事、和田山城の様に戦略的に重要な場所であると判断されたんでしょう古墳の上に城が築かれました。

1575年には織田信長が朝倉氏を滅ぼし加賀国に侵攻し始めます。
北ノ庄城の柴田勝家は江沼・能美郡をも支配下に置き和田山城に部将安井左近家清を城主として置きます。
1580年に柴田勝家配下の佐久間盛政によって加賀尾山御坊(現在の金沢城)を攻め落とすと、加賀国一揆衆側は白山麓の船岡城鳥越城二曲城などの籠り最後の抵抗を見せますが攻め落とされてしまいます・・・この時、和田山城の城主安井左近家清は和田山城で加賀一向衆と戦っていた様です。

和田山城画像ギャラリー

たぶん、和田山城の横っ腹だと思いますが登っていきます~(^◇^)

古墳特有の起伏があり確かに平山城には簡単に適している様な気がします。
が、激しい城攻めにはやられるだろうなぁ~苦笑

おおおおおお~広い! 広い腰曲輪ですなぁぁぁ~♪

和田山城の周りにも大小4~5ヵ所も古墳があるのが確認できますねぇ~
これらの古墳は和田山城の支城・砦として活用されていたようですね(`・ω・´)ゞ

古墳説明版

ここは円墳を利用した曲輪かな???

和田山城絵図

山城方面に進んでみますね! 和田山城絵図の案内の下に巨大な空堀が控えています!

空堀

和田山城です!!!( `ー´)ノ  この空堀すごいなあぁぁぁぁ~

櫓台

空堀の向こう側は櫓台ですね!

二ノ丸

二ノ丸です!

虎口

虎口に突入です!

本丸

本丸に到着ですヾ(≧▽≦)ノ

櫓台(9号古墳)

本丸にある9号古墳の上には櫓台があったようですね!

土居

この辺りには土居があったようです

腰曲輪

腰曲輪です♪

全然違う所に出てしまいました・・・笑 いろいろ攻め口はあるようですね!

和田山城情報

築 城1506年
城 主加賀一向衆(和田坊主)、安井氏
住 所石川県能美市和田町
種 別平山城(丘城)
廃 城不明(1615年?)
特 徴国指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場

和田山城へのアクセス

和田山城レビュー

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