仙北平野・大崎平野を東に流れる江合川沿いの篦岳丘陵(ののだけきゅうりょう)に築かれているのが涌谷(わくや)城です!!!涌谷城は篦岳丘陵の丘陵上にあり標高約20mの舌状地を城内としています!
元々は大崎氏の家臣だった涌谷氏の城だった様ですが、1590年年に豊臣秀吉の奥州仕置きにより大崎氏や葛西氏は改易となってしまいます。その後、大崎葛西一揆を経て伊達氏の所領再編により、伊達政宗の家臣である亘理(わたり)元宗、涌谷城の第2代目の亘理重宗、第3代目亘理定宗を経て城郭を整備し、後に定宗は伊達氏を名乗ることを許される(涌谷伊達氏)までなりました。伊達(亘理)定宗の後を継いだ伊達宗重が後継者問題などで原田宗輔と対立して殺害されてしまいます。
虎視眈々と狙っていた伊達政宗は、煽動により『葛西大崎一揆』を勃発させ揺さぶりに入りますが、豊臣秀吉から反乱の鎮圧にあたる様に命を受けた伊達政宗が鎮圧します。(自作自演が秀吉にバレたのかな?苦笑) その結果、伊達政宗は岩出山城に移り住まされます。(自作自演が秀吉にバレたのかな?苦笑)
その時に高清水城が伊達家の領地となります。伊達家臣の亘理重宗が涌谷城から隠居先として入城します・・・亘理氏が高清水城から佐沼城に移ると、高清水城には石母田興頼が入城します。石母田家はそのまま高清水城で幕末まで続くようですね(`・ω・´)ゞ
一国一城令が敷かれた仙台藩において「要害」として伊達家の親類衆・涌谷伊達氏(亘理氏)が代々治め、伊達騒動の陰の舞台としても深い歴史を秘めています。
涌谷城跡/涌谷要害跡画像ギャラリー
現在、涌谷城跡は城山公園と呼ばれ、桜の木々が植えられ桜の名所として知られています。














隅櫓(太鼓堂)の隣には天守閣を模した涌谷町立史料館(実際の涌谷城は平山城)が建てられてて、涌谷伊達氏の寛文資料や長根貝塚・追戸横穴古墳群からの出土品などが展示されているみたいです(。◕ˇдˇ◕。)/(我々は見ていませんが・・・失笑)




涌谷城情報
| 築 城 | 不明 |
| 城 主 | 伊達氏、結城氏、日根野氏、阿部氏、三浦氏、松平氏、加藤氏、鳥居氏 |
| 住 所 | 栃木県下都賀郡壬生町本丸1丁目8−33 |
| 種 別 | 平山城 |
| 廃 城 | 不明 |
| 特 徴 | – |
| 入場料 | 涌谷町立史料館:一般 300円、高校生・小中学生 100円 |
| 営業時間 | 9:00〜16:00(4月〜11月のみ開館、入館は15:30まで) 休館日: 毎週水曜日 |
| 駐車場 | 有り(無料) |
涌谷城へのアクセス
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