富留土居城の感想
富留土居城(ふるどいじょう)って読みます( `ー´)ノ
伊予国新居郡(現在の愛媛県新居浜市高津町周辺)に位置した富留土居城/ 富留土居館は、新居郡の豪族・金子氏の重臣であった高橋氏が代々居城とした平城(館城)です。
富留土居城は周囲に水濠(堀)と高い土居(土塁)を巡らせた平城構造の館城でした。『富留土居』の名も、その立派な土居構造に由来すると伝えられています。
城主を務めた高橋美濃守光成(たかはし みののかみ みつなり)の一族は、金子城主・金子元宅の「金子七家老(あるいは金子十人衆)」の一角に数えられる重鎮でした。富留土居城が位置した高津地区は、国領川の河口付近にあたり、瀬戸内海への海上交通や漁業・交易を押さえる水軍の出撃拠点・防衛拠点としての役割を担っていました。
『四国征伐』に伴い豊臣方の小早川隆景軍は数万の兵力で攻め込んでくると、平城構造である富留土居城は防衛の限界を直ぐに迎えます。高橋光成と城兵たちは城から打って出て、金子城https://jh.irukamo.com/post-44005/や岡崎城https://jh.irukamo.com/iyookazakijo/へ向けて侵攻しようとする小早川軍の側面に激しい白兵戦を仕掛けますが、高橋光成は凄惨な死闘の末、地元の八幡神社付近(高津八幡宮周辺)で敵軍の中に突入し討死してしまい、富留土居城は豊臣軍の火攻めによって全滅・落城してしまったようですね(/ω\)
現在は・・・住宅地に飲み込まれて跡形もありません・・・
富留土居城画像ギャラリー






富留土居城情報
| 築 城 | 不明 |
| 城 主 | 高橋氏 |
| 住 所 | 愛媛県新居浜市八幡1丁目18−38 |
| 種 別 | 平城 |
| 廃 城 | 1585年 |
| 特 徴 | – |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 無し |