樋爪館(岩手県)

樋爪館(岩手県)

樋爪館の感想

樋爪館(はしづめだて)は平安時代末ごろに藤原清衡(ふじわらのきよひら)の四男である藤原清綱(ふじわらのきよつな)がこの地をもらったことで、樋爪氏を名乗るようになり、築いた館とされています。
ここが重要拠点だった理由はこの地で産出する砂金等を流通させる北方交易の拠点にもなっていたとのことで、金以外にも馬、漆、米などを主に取引していたようです。

樋爪館は1189年の源頼朝による奥州藤原氏討伐で攻められて館に火を放って逃げた際に廃城になったと思われます。逃げた当主の樋爪俊衡は奥州藤原氏の一族でありながら唯一、頼朝から本領安堵を許されたみたいです。全ての領地というわけではなく一部だったみたいですが、粛清されなかったのは何があったんですかね?

樋爪館は吾郎沼も含めて樋爪館遺跡とされていてかなり広い範囲(約12万㎡)を居館としていたみたいです。(東京ドーム約2.5個分の広さ)

樋爪館画像ギャラリー

赤石小学校の脇に説明板がありました。

吾郎沼

吾郎沼のところに全体の絵図がありました。

樋爪館情報

築 城不明(平安時代末期)
城 主樋爪氏(藤原氏)
住 所岩手県紫波郡紫波町南日詰箱清水190
種 別平城
廃 城1189年
特 徴町指定史跡
入場料無料
営業時間
駐車場無し(吾郎沼には停められます)

樋爪館へのアクセス

樋爪館レビュー

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