讃岐 観音寺城の感想
讃岐国の観音寺城(かんおんじじょう/観音寺陣屋)は、現在の香川県観音寺市天神町一帯に存在したとされる城郭(居館)です。 近江国の日本100名城である観音寺城(六角氏の本拠)と名付けが同じため混同されがちなため、ここではあえて『讃岐 観音寺城』と記載させてもらいます。讃岐 観音寺城は西讃岐の西端を抑える交通・港湾の要衝として、讃岐の豪族や阿波三好氏、土佐長宗我部氏、そして近世の大名たちによって重要な場所として位置付けられていました。
讃岐 観音寺城の天霧城主、または西庄城主だった香川之景の弟の香川景全(かがわ かげはる)が居城としたようで、兄の香川之景と共に阿波国の三好氏・十河氏や土佐国の長宗我部氏、そして羽柴(豊臣)秀吉らへ兄弟共に奔走したと云われています<(`^´)>
讃岐 観音寺城は、四国八十八ヶ所霊場の第68番札所『神恵院』と第69番札所『観音寺』の門前町、そして財田川の河口に拓けた水運の拠点(観音寺港)を眼下に見下ろす平地〜微高地に築かれた城の様です。西讃の出入口(伊予・阿波・瀬戸内を結ぶ十字路) 西へ向かえば伊予国(愛媛県)、南へ山を越えれば阿波国(徳島県)、北は瀬戸内海の海上ルートという絶好の立地なんでしょうねぇ~ヽ(^。^)ノ
現在は中世の土塁や堀といった明確な城郭遺構は都市化によって大部分が失われていますが『ひがし児童公園』として住宅地の中の公園として親しまれています。また、近くにある一心寺の山門は観音寺城門が移築されたものでした(。◕ˇдˇ◕。)/
讃岐 観音寺城画像ギャラリー






『ひがし児童公園』の一帯が『讃岐 観音寺城』だったと思います( `ー´)ノ






讃岐 観音寺城情報
| 築 城 | 不明 |
| 城 主 | 香川氏 |
| 住 所 | 香川県観音寺市天神町3丁目2 |
| 種 別 | 平城 |
| 廃 城 | 1585年 |
| 特 徴 | – |
| 入場料 | 無料 |
| 営業時間 | – |
| 駐車場 | 無し |