芝山城(香川県)

芝山城の感想

香西氏の本拠地である勝賀城は標高約364mの堂々たる山城ですが、その東側に位置する標高約188mの芝山(高松市香西北町)に築かれたのが芝山城です。
芝山城の山頂の曲輪からは、香西の港(旧香西港)や瀬戸内海、そして香東川を挟んだ高松平野が一望できます。水陸交通の要衝を常に見張り、異常があれば即座に本城へ伝える極めて重要な『監視台・物見の城』だったんじゃないかと思われます( `ー´)ノ また!香西氏の居城だった勝賀城の支城として、東から攻めてくる敵(十河氏や三好氏、のちの長宗我部軍)に対する正面玄関にあたるため、東西の防衛ラインを固める警戒網の意味を持った勝賀城の目と鼻の先に立ち塞がる前線基地である『出城』の意味があったんじゃないかと思います。

1550年代、阿波国から怒濤の勢いで押し寄せる『鬼十河』こと十河一存の軍勢が香西氏に襲い掛かってきます!(+o+)  平地での合戦や前線防衛において、芝山城をはじめとする香西氏の支城群は激しい打撃を受けていきますが、香西氏の『勝賀城』と『芝山城』の強固な山(島)岳防衛網を活かして抵抗を試みたいようですね!!!

また、1580年代、四国統一を目指す土佐国の長宗我部元親が侵攻してくると、東讃の十河城も圧迫され、中讃の香西氏の防衛線も極度の戦闘状態に入っていきます。芝山城などの前線拠点は、怒涛の大軍を食い止める『命懸けの第一防衛線』として存在したんでしょうね~<(`^´)>

更に、1583年に羽柴秀吉が三好氏・十河氏を援助しようと十河存保救援の兵を送ると、羽柴(豊臣)家臣小西行長が軍船2隻に100人程度の兵を乗せ香西氏の港へ着けようとします。 しかし、香西氏の重臣渡辺市之亟(いちのじょう)と三之亟(さんのじょう)の兄弟は、これを要求を跳ね返し芝山城内から大砲を撃ち放って小西行長を追い払ったとされる。((´∀`*))ヶラヶラ大爆笑
1585年に羽柴(豊臣)秀吉が四国を平定すると香西氏は所領を失ってしまいます。これにより芝山城も廃城となったと云われています(`・ω・´)ゞ

芝山城画像ギャラリー

芝山はかつて瀬戸内海の小島だったみたいです( `ー´)ノ
もともと小島の東側は約30mの断崖で、ウバメガシ(常緑広葉樹だから正確には『芝』ではないけどね~苦笑)が密生しているところから『芝山』と呼ばれていた様です(‘◇’)ゞ

今は『芝山神社』としてある様ですヽ(^。^)ノ

シンプルに階段を一直線に登って行くと到着しますヾ(≧▽≦)ノ

説明版

天狗の伝説があるようですね・・・
芝山天狗伝説・・・『昔から白峰山の天狗相模坊(さごんぼう)と八栗(やくり)山の天狗中将坊(ちゅうじょうぼう)は、仲間同士でお互いに行ったり来たりしていました。ある日、白峰の相模坊天狗が八栗の中将坊天狗のところへ飛んで行く途中、芝山の上空で突然大風にあおられて芝山に落ちてきました』ようです(。◕ˇдˇ​◕。)/

本丸

本丸です(*´▽`*)

芝山城情報

築 城不明(鎌倉時代)
城 主香西氏、渡辺氏
住 所香川県高松市香西北町
種 別山城
廃 城不明(1590年代?)
特 徴–
入場料無料
営業時間–
駐車場無し

芝山城へのアクセス

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